第4回支援:2002年9月17日(火)~9月29日(日)(12日間)

エチオピアは、後発開発途上国(Least developed countries)のひとつで、平均寿命47歳、乳児の死亡率は新生児1000人のうち120人(アフリカ全体の平均は89人)、 人口のわずか25%しか安全な飲み水が確保できていません。(国土者:エチオピア)更に農村部は生存ギリギリの生活状況で、雨期に雨が降らないと、 飢餓や飢饉のニュースにすぐ結び付きます。(2000年7月7日、夕刊読売新聞)

そんな厳しい環境の中、子供たちは牛・羊の世話、畑の手伝い、水汲み、薪拾い等の仕事の合間、学校に通うことを大きな楽しみにしています。 しかし、その学校には机や椅子の設備、教材がありません。

2002年の9月、3年半ぶりにエチオピアへ行って参りました。成田を夕方6時半に出発しまして、約6時間でバンコクに着きます。 空港内で夜中約4時間エチオピアン・エアラインを待ちます。早朝3時に乗りまして、約11時間のフライトでエチオピアの首都アディスアベバに着きますが、 時差のせいで現地時間は朝の8時でした。最初の数日は、アディスアベバ市内の工場に委託したスチール製椅子付き3人掛け机の出来具合を見に行ったり、 バレーボールや空気入れを買いに行ったりと、学校への寄贈品の準備をしました。

川崎中RCがエチオピア支援を始めてから、今回が4度目(平成4年、8年、11年、14年)のエチオピア訪問になりますが、8年には100脚を首都から約280㎞離れた北部、 11年には同じく100脚を約180㎞離れた南部の学校へ届けました。

今回は450㎞離れた北部の2つの小学校へ届けました。ゴッジャム州、コソバルという村の生徒数3000人の小学校へ110脚、生徒数800人の小学校へ50脚の合わせて160脚でした。 その他川崎フロンターレから頂いた中古のサッカーボールやバレーボールも届けました。机は勿論ですが、スポーツ用品はとても喜ばれます。 今回のこの学校は、青年海外協力隊の理数科教師からの依頼があったもので、発展途上国で活躍している日本の青年の側面援助という意味もありました。

大型トラック2台に山積みされた机は、22日に出発し、2日がかりで現地に到着しました。私は24日の贈呈式の朝に、国内便飛行機1時間と、陸路3時間車で現地に向かいました。 約1000人はいただろうと思われる贈呈式に出席しました。

今回は青年海外協力隊(JOCV)エチオピア派遣記念30周年という記念すべき年にも当たり、JOCV派遣理数科教師が活躍していた学校への支援ということもあり、 在エチオピア大使館、JICA・JOCV事務所、JICA専門家等現地の多くの日本人のご協力のもと実行することが出来ました。

2002年の活動の様子: